というレイ・フェア(Ray C. Fair、イェール大)のSSRN論文をタイラー・コーエンが紹介している。原題は「U.S. Infrastructure: 1929-2023」で、以下はその冒頭部。
This paper examines the history of U.S. infrastructure since 1929 and in the process reports an interesting fact about the U.S. economy. Annual U.S. data for the 1929–2023 period on government fixed assets from the Bureau of Economic Analysis (BEA) show a large and close-to-monotonic decline in the size of infrastructure stock as a percent of GDP beginning around 1970 for most categories of infrastructure, both defense and nondefense. It is also the case, as will be seen, that the government budget deficit as a percent of GDP changed around 1970 from being close to zero to being large and positive. This change in the deficit has been sustained except for a brief period in the late 1990’s. The deficit data thus show that the government began consuming more relative to its income around 1970, and the infrastructure data show that the government began investing less as a fraction of GDP around the same time.
This paper also examines the history of infrastructure for other countries using annual data for the 1960–2019 period from the International Monetary Fund (IMF). It will be seen that no other country has a pattern similar to that of the United States, namely a roughly monotonic decline in the ratio of infrastructure to GDP beginning around 1970. The United States appears to be a special case in this regard, although some countries have seen large declines beginning somewhat later.
The overall results thus suggest that the United States became less future oriented, less concerned with future generations, beginning around 1970, an increase in the social discount rate. This change has persisted. This is the interesting fact. Whether it can be explained is unclear. Section 4 contains speculation about possible causes. An explanation consistent with the fact is that it was triggered in part by a change in tastes beginning with the Woodstock generation and in part by a reaction to the environmental costs of the urban renewal projects of the 1950’s and 1960’s.
(拙訳)
本稿は1929年以降の米国のインフラの歴史を調べ、その過程で米国経済に関する興味深い事実を報告する。政府の固定資産に関する経済分析局(BEA)の1929-2023年の年次米国データは、1970年頃から、国防と非国防の双方の大半のインフラの分類において、インフラのストックのGDP比の規模が、大きくかつほぼ単調に減少していることを示している。また、政府の財政赤字のGDP比が1970年頃に変化し、ゼロ近くから大きな正の値になったという事実も示される。この財政赤字の変化は1990年代後半の短い期間を除き持続した。従って財政赤字のデータは、1970年頃から政府が収入以上に消費するようになったことを示しており、インフラのデータは、政府が同じ頃にGDP比の投資を減らしたことを示している。
本稿はまた、国際通貨基金(IMF)の1960-2019年の年次データを用いて、他の国のインフラの歴史も調べた。1970年頃からインフラのGDP比がほぼ単調に減少する、という米国に似たパターンを示している国はない。その点で米国は特別なケースであるように思われるが、ただし米国よりも幾分遅く大きな減少が見られた国はあった。
従って、結果は総じて、1970年頃から米国が以前に比べて未来志向でなくなり、将来世代のことを気に掛けなくなり、社会的割引率が上昇したことを示している。この変化は持続している。これは興味深い事実である。これが説明できるかは不明である。4節ではあり得る原因に関する推測を記述した。事実と整合的な説明は、ウッドストック世代に始まる嗜好の変化、および、1950年代と1960年代の都市再開発計画の環境コストへの反応がそれぞれ一因となってそうした変化がもたらされた、というものである。
以下はインフラのGDP比の推移を示した図。
以下は世界各国の社会資本のGDP比を集計したデータを示した図。低所得の発展途上国(low income developing countries=LIDC、図15)と先進国(advanced economics=AE、図17)は1980年代半ばから減少しているが、新興国(emerging markets=EM、図16)は1970年代半ばから1980年代半ばに掛けて急上昇して直近の2019年が最高値となっており、それが116か国の全体集計(図14)のパターンを牽引している。なお、いずれの図も米国は含まれていない。
以下は日本について社会資本のGDP比を示した図。昨今顕わになったインフラの劣化からかなり低下していることが予想され、実際2000年代前半をピークに低下傾向にあるが、それでも直近ではまだ平均近辺に留まっている。ただ、1960年代の高度成長期にインフラ整備が経済成長に追いついていなかった時代が図に含まれており、それが平均を引き下げていることには注意を要する。また、個人的には、昨今の劣化が減価償却に十分に反映されていない可能性もありそうな気がする。
以下は米国の民間の固定資本ストックと耐久財ストックのGDP比を示した図。民間の固定資本ストックも減少傾向にあるものの、1970年ではなく1980年に始まっていること、下落幅が小さいこと(非国防インフラのGDP比が1970-2023年に32%低下したのに対し、民間の固定資本ストックのGDP比の1980-2023年の低下率は17%)を違いとしてフェアは指摘している。
以下の図21は価格効果をみるためにデフレータの推移を描いた図。1974年まで上昇した後に2003年まで低下し、それから2009年まで上昇し、その後概ね横ばいになっており、一貫して上昇しているわけではないことから、これが原因ではない、とフェアは結論付けている。
図22は輸送部門のデフレータの図(固定資本勘定:Fixed Assets Accounts=FAAに含まれていない高速道路と道路を含んでいる国民所得勘定:National Income and Product Accounts=NIPAのデータを用いていることからtransportation+と表記している)で、1970年から1990年代半ばまで横ばいだった後に2013年まで上昇し、その後また概ね横ばいで推移したことをフェアは指摘している。
フェアは都市再開発によるインフラコストの上昇をインフラストック減少の一因として挙げているが、これらデフレータにそれは反映されていない。その点についてフェアは、インフラ投資財の相対価格が上昇したわけではなく、大掛かりな開発を行ったことがコストの上昇につながった、と推測している。
都市再開発やウッドストック世代の政府不信をインフラの劣化に結び付けたフェアの結論を額面通りに受け止めるかどうかは別にして、日本にとって今や喫緊の課題になったともいえるインフラの動向を考える上で、こうした時系列や国際的な視点での比較分析は重要かと思われる。