というNBER論文が上がっている(ungated版へのリンクがある著者の一人のページ)。原題は「Interest Rate Risk in Banking」で、著者はPeter M. DeMarzo(スタンフォード大)、Arvind Krishnamurthy(同)、Stefan Nagel(シカゴ大)。
以下はその要旨。
We develop a framework to estimate bank franchise value. Contrary to existing models, sticky deposits and low deposit rate betas do not imply negative duration. While operating costs could generate negative duration, they are offset by fixed interest rate spreads from lending activity. Consequently, franchise value declines as interest rates rise, further exacerbating losses on banks’ securities holdings. Banks with less responsive deposit rates tend to invest more in long-term securities, aiming to hedge cash flows rather than market value. Despite significant recent rate hike losses, most U.S. banks still retain sufficient franchise value to remain solvent, justifying forbearance.
(拙訳)
我々は銀行のフランチャイズバリューを評価する枠組みを構築した。既存のモデルとは逆に、粘着的な預金と低い預金金利ベータは負のデュレーションを意味しない。運転費は負のデュレーションを生み出し得るが、それは融資活動からもたらされる固定金利スプレッドによって相殺される。その結果、金利が上昇するとフランチャイズバリューは低下し、銀行の証券保有から生じる損失をさらに悪化させる。預金金利の反応度の低い銀行は、市場価値よりも現金フローをヘッジすることを狙って長期証券への投資を増やす傾向がある。最近の金利引き上げの大きな損失にもかかわらず、大半の米銀行は支払いを履行するのに十分なフランチャイズバリューを維持しており、支払猶予を正当化している。
ここでフランチャイズバリューとは、銀行の価値のうち、資産と負債のポートフォリオの市場価値を超えた部分である。それは、銀行が借り手を見極めることによって融資ポートフォリオからスプレッドを稼ぐ能力からもたらされる。また、預金者に金融サービスを提供することによって得られるコンビニエンスイールドからももたらされる。ただ、そうした借り手のスクリーニングとモニタリングや、預金者へのコンビニエンスサービスには運転費が掛かるため、フランチャイズバリューを求める際はそれを控除する必要がある。
預金は契約上は短期であるが、預金者は低金利の預金口座からなかなか預金を引き出さないため、事実上は長期となっている。そうした預金の粘着的な振る舞いによって、銀行は提示する預金金利を部分的にしか改定せず、金融市場金利と一対一で連動するのとは程遠い状態となる。これがいわゆる「低い預金ベータ」であり、金利上昇時に銀行がスプレッドを稼ぐことを含意している。
従来の研究の多くでは、銀行は「均衡FF金利×(1 − β) 」の収入フローを得る、というDrechsler et al.(2021*1)のモデルに基づいて、預金が粘着的なベータが低い銀行ではフランチャイズバリューは負のデュレーションとなる(=金利上昇とともにフランチャイズバリューが上昇する)、という結論を導き出してきた。だがその考察は間違っている、と今回の論文は言う。というのは、預金スプレッドからもたらされる「均衡FF金利×(1 − β) 」のキャッシュフローは変動利付債に(1 − β) 投資するのと等価であり、それは額面での取引なので、価値は金利とは独立である。従って、銀行が稼ぐ預金スプレッドが金利とともに上昇するとしても、その価値はそうではない、とのことである。
Drechsler et al.(2021)における負のデュレーションは、低預金ベータではなく運転費の固定フローからもたらされている、と論文は指摘する。この固定負債は固定金利債のショートポジションと等価であり、金利が上昇すると価値が低下する*2。ただ、今回の論文の実証結果では、大半の銀行は運転費を上回る正の固定スプレッドを融資ポートフォリオから得ている。従って、全体的にはデュレーションは負ではなく正になる、と論文は言う。
まとめると、銀行のフランチャイズバリューは、(低預金ベータによる)ゼロデュレーションの変動利付債と、(運転費を控除した固定融資スプレッドによる)正のデュレーションの固定金利債に投資しているのと事実上等価であり、金利上昇によって低下する、と論文は述べている。金利上昇は保有する証券の市場価値を低下させるので、フランチャイズバリューの低下はそれに追い討ちをかけることになる。
実証分析でも金利上昇とともにフランチャイズバリューが低下することが裏付けられたとの由(2022年の金利上昇時には資産のおよそ2.2%分が低下し、保有証券の市場価値低下のおよそ3.6%に追い討ちをかけた)。ただ、 それでも大半の銀行について長期の支払い能力を支持するだけのフランチャイズバリューは残った、とのことである。
論文の実証研究ではまた、ベータと、銀行の証券ポートフォリオ全体のデュレーションとの負の関係が(Drechsler et al.(2021)と整合的な形で)観測された、とのことである。これは、規制当局が低ベータ預金をデュレーションの長い固定金利負債として扱うよう指示していることが一因だ、と論文は指摘する。その指示のため、低ベータの銀行は、預金の負のデュレーションを相殺するように正のデュレーションの証券を保有する、というわけである。また銀行は、純利息マージンを安定化させるためにデュレーションの長い証券を買うこともある、と論文は言う。均衡FF金利と正の相関を持つ預金収入をヘッジするため、デュレーションの長い証券を購入することによって均衡FF金利と負の相関を持つ収入が得られるようにする、というわけである。だが、論文の考察によれば、そうしたヘッジ行動は銀行の市場価値の安定にはつながらず、大半の銀行のデュレーションリスクをむしろ増やしてしまう。シリコンバレー銀の破綻は、そうしたデュレーションリスクを取ったことにより生じた脆弱性の顕在化であった、と論文は述べている。